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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)28号 判決 1968年7月15日

原告

牧野亨

右代理人

渡辺良夫

ほか九名

被告

右代表者法務大臣

赤間文三

右指定代理人

藤堂裕

ほか三名

主文

被告は、原告に対し、金六、七五〇円を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  原告の主張

(請求の原因)

一  原告は、明治二八年一月一九日生れで、昭和四〇年一月一八日、七〇才に達したので、国民年金法(以下「法」と略称する。)八〇条二項の規定に基づき老齢福祉年金の受給資格を取得し、同月二八日、北海道上川郡清水町受付で北海道知事(法三条二項、法施行令一条)に対し老齢福祉年金の受給権の裁定を請求をした。そして、北海道知事は、同年三月四日原告の受給権の裁定をなし、裁定通知書および国民年金証書を同月二五日原告に交付したので、これにより、原告は、同年二月から右老齢福祉年金の支給を受ける権利を有することとなつた。

ところが、北海道知事は、原告に配偶者牧野吟があり、同女がすでに昭和三八年三月から老齢福祉年金の支給を受けていることを理由にして、右裁定と同時に、法七九条の二第五項の規定(以下「夫婦受給制限の規定」という。)に基づき、原告に対する老齢福祉年金額一五、六〇〇円(昭和四二年一月以降は一八、〇〇〇円)から金三、〇〇〇円に相当する部分の支給停止の決定をなし、右決定は前記受給権の裁定の通知にあわせて昭和四〇年三月二五日原告に通知された。なお、原告の妻牧野吟に対しても、右条項に基づいて同様支給停止の決定がなされた。

二  しかしながら夫婦受給制限の規定は、老齢者(以下七〇才以上の高齢者を指称する。)が夫婦者であつて、夫婦ともに老齢福祉年金の支給を受ける場合には、単身で支給を受ける場合にくらべ、それぞれ金三、〇〇〇円の支給を停止することを定めるものであるが、このような夫婦受給制限の規定は、夫婦者である老齢者を不当に単身老齢者と差別し、かつ、夫婦者である老齢者を個人として尊重しないものであつて、憲法一三条、一四条に違反し、無効であり、したがつてこれに基づく前記支給停止の決定もまた無効である。

三  よつて、原告は、被告に対し、右支給停止決定により支給が停止された昭和四〇年二月から同四二年四月までの老齢福祉年金支給停止総額金六、七五〇円の支払いを求める。

(被告の主張に対する反論)

一  憲法二五条は、一項で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定め、二項で「国は、すべての生活部門について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しているが、前者はいわゆる生存権的基本権の保障を明示した規定であり、後者はそれに基づいて国が努力すべき施策のうち重要な事項を具体的に列挙したものであつて、両者は一体不可分の関係に立つことはいうまでもない。すなわち、一項の権利は当然に二項を予想し、また二項はその前提として一項の趣旨をふまえているのであつて、被告が言わんとしているように、一項は最低生活の保障として公的扶助を予想し、二項はそれ以上にベターな生活を国民に享受させるための福祉的制度を意味するなどの筋合は存しない。これを具体的にいえば、右二項に、社会福祉といい、社会保障といい、また公衆衛生というも、その具体的内容や概念上の限界は必ずしも明確ではないが、そのいずれに属するにせよ、国民のための福祉政策は一項の趣旨をふまえ、これに則して実施されねばならないのであつて、被告の主張するように「社会保障制度は、各国においてその社会情勢、国家経済の基盤のうえで、その財政的能力をも勘案して、可能な限り実施されるべきもの」などという理解は、わが憲法二五条のもとではありえない。

ところで、被告は「老齢福祉年金は、……より多くの老齢者のために、生活保護の如き救貧的制度としてではなく、いわば老後の福祉とするために支給されるものであつて、制度上個人の貯蓄、社会情勢に即応する程度の親族扶養または公的扶助があることを前提にその所得の一部を保障しようとするものである」と主張するが、戦前はともかく、戦後の生活保護制度が単なる救貧制度ではない生活の保障の制度として定立されていること(実態はそれと程遠いが……)は被告も認めざるをえないところであり、老齢福祉年金も国民の老後の生活を保障するための社会保障施策の一として、厚生年金保険、船員保険その他各種の共済組合年金とならんで、国民皆年金の目標のもとに制定された国民年金の一制度であつて、もとより憲法二五条に基づくものであり、叙上のごとく(老齢)国民の健康で文化的な生活を保障すべき趣旨において設定され、また運用さるべきであり、両者はその制度の本旨において何ら径庭はない。被告の言わんとするような、健康で文化的な最低限度の生活は公的扶助(生活保護)や親族扶養等で十分に賄われ、老齢福祉年金はそれ以上のベターな生活水準を享受させるための「上積み分」だなどという性格上の区分は、国民年金法七九条の二の趣旨のどこからも導かれるところではない。まして被告が「個人の貯蓄、社会情勢に即応する程度の親族扶養または公的扶助があることを前提として」というのは、全く老齢者の生活の実情に目を蔽つた一方的推断であつて、統計結果は、老齢国民の多くが乏しい貯蓄、物価高、住宅不足など、生活苦の中での親族扶養、高齢者に一層厳しい公的扶助のもとで、わずかな老齢福祉年金の給付をも生活必需の資にあてていることを明瞭に示しているのである(小川政亮「都市生活の保護と保障」二一二頁―二二四頁参照)。

二  被告が夫婦受給制限制度の合理性として挙げるのは、ひとえに「夫婦が健在であるとすれば、その共同生活に由来する生活費の共通部分については、費用の節約がなされうる」という点にあるが、これが到底合理的理由として批判に堪え得ないことは、次の事由に照し明白である。

1 老齢者夫婦だけで独立して共同生活をしている場合には、ただちに生活費などの共通部分があるはずであるが、生活の実態は必ずしもそうではなく、厚生省年金局昭和三八年「高齢者実態調査報告」によれば、単身高齢者の実態生計費は、昭和三八年当時ですら、大都市で月額一三、三〇〇円、市部で八、一〇〇円、郡部で五、五〇〇円であるのに対し、高齢者夫婦のみの世帯では一人当りそれぞれ一〇、二〇〇円、九、三〇〇円、六、四〇〇円であり、大都市における場合を除いては、かえつて高齢者夫婦の方が単身高齢者よりも一人当りの生計費が嵩むことが示されている。

2 老齢者夫婦が独居して生活している場合は少なく、むしろ大部分の老齢者は子の扶養で生活しているのが現状である。扶養者にとつて一人の老齢者を養うより二人の老齢者の世話をする方が負担が大きいことは明らかである。扶養者は、二人の食生活を確保するだけで手いつぱいになり、老齢者たちは一人ならもらえる小遣いすらもらえなくなる。二人の老齢者が子の扶養を受けている場合には、老齢者一人の場合よりも粗末に扱われることになりかねない。夫婦者、老齢者双方が老齢福祉年金を減額されるのでは、単身老齢者との均衡がとれるどころか、かえつて生活の格差を増すばかりである。

3 夫婦であつても事情があつて別居を余儀なくされている老齢者もある。そのような老齢者夫婦については、被告の主張するような理由は全く妥当しない。

4 老齢福祉年金は昭和四一年末までは一五、六〇〇円(月額一、三〇〇円)同四二年一月以降は一八、〇〇〇円(月額一、五〇〇円)にすぎず、このような極めて低額な年金の給付では、その中に生活費の共通部分を指摘しうる現実的余裕は到底見いだすことができない。

5 類似の立法例として、夫婦の一方が老齢福祉年金を、他方が障害福祉年金を受ける場合、老齢福祉年金につき一〇%の受給制限をする旨の規定(法七九条の二第五項後段)が、昭和四一年すでに撤廃されていることからも、夫婦受給制限が不合理なことが明らかである。

第三  被告の答弁および主張

(答弁)

請求原因第一項の事実は、これを認める。

同第二項の法七九条の二第五項の規定が憲法一三条、第一四条に違反する無効のものであるとの主張を争う。

同第三項のうち、原告主張の老齢福祉年金支給停止の総額が六、七五〇円であることは認める。

(主張)

一  社会保障制度は、各国においてその社会情勢、国家経済の基盤のうえで、その財政的能力を勘案して、可能な限り実施されるべきものである。これを憲法施行以来のわが国の社会情勢についてみれば、わが国は多くの生活困窮者を抱え、また福祉行政および衛生環境等においても、いわば一般生活の必須的な側面において施策すべき多くのものがあるが、国家経済は、先進国に比して潤沢なものでない。老齢福祉年金も右のような社会的情勢、国家経済の基盤のうえで考えらるべきである。すなわち現行の老齢福祉年金制度は、憲法二五条二項に法的根拠を有し、他の社会福祉、社会保障、公衆衛生の諸施策とともに、限られた財政のもとで、より多くの老齢者のために、生活保護の如き救貧的制度としてではなく、老後の福祉の一助とすることによつて老齢者の日々の生活に潤いを与えるために支給されるものであり、制度上、個人の貯蓄、社会情勢に即応する程度の扶養親族の扶養または公的扶助があることを前提として、老齢者の所得の一部を保障しようとするものであつて、いわば補充的性格を有するものである。

ところで、夫婦は、本来共同生活を営むべきものであるから、夫婦が健在であるとすれば、その共同生活に由来する生活費の共通部分については、費用の節約がなされうることは公知の事実であり、生活費の一部に充当せらるべき老齢福祉年金についても同じことがいえる。したがつて、単身生活者を基準として設けられた老齢福祉年金の額を、夫婦がともに同年金の支給を受けることができる場合に、この共通部分の調整をはかることによつて単身生活者と夫婦共同生活者とに対する支給の間の均衡をはかろうとする夫婦受給制限の制度は合理的であつて、憲法一四条の禁止する不合理な差別的取扱をするものではない。

二  なお、老齢福祉年金制度は、社会保障制度としては前記のように補充的性格を有するもので、全体主義ないし、超個人主義から解放するために歴史的に認められた「個人の尊重」とは無関係のものであるから、かりに老齢者にとつて一定の不利益な結果を招来する夫婦受給制限を認めたからといつて、個人の尊厳を無視したことにはならないし、また、前記のような合理性をもつ夫婦受給制限を伴う老齢福祉年金制度は、それ自体老齢者の幸福追求のための助成施策であつて、憲法一三条所定の国政上の指針に反するものではない。

第四  証拠関係《省略》

理由

第一請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

第二ところで、本件の主要な争点は、老齢福祉年金における夫婦受給制限の規定(法七九条の二第五項)が憲法一四条に違反するか否かにあるので、まず、この点を判断する。

一憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。この規定は、国民に対し、法の下における平等を保障したものであるから、ここに列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしも右事項に限るものではないが、しかし、また、その半面として、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、事柄の性質に即応して差別すべき合理的理由があると認められないのに差別することを禁止するものである(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決参照)。そして、老齢福祉年金における夫婦受給制限の規定は、夫婦がともに老齢福祉年金の支給を受ける場合には、老齢者が夫婦者であるという理由で、単身老齢者に比べ、それぞれ金三、〇〇〇円の支給を停止する旨を規定するものであつて、老齢者が夫婦者であるという社会的身分により経済関係における施策のうえで、差別的取扱いをするものであるといいうる。したがつて、かかる差別的取扱いが事柄の性質に即応して合理的理由があることが認められない限り、右の夫婦受給制限の規定は上記憲法の条項に違反し、無効であるといわなければならない。

二そこで、老齢福祉年金における夫婦受給制限に合理的理由があるか否かを、事柄の性質に即応して、検討する。

1  まず、老齢福祉年金の性格ならびに支給目的について

<証拠>によれば、昭和三二年五月一五日頃、社会保障制度審議会において政府の諮問に応じ、憲法二五条二項の理念に基づき、国民年金法の制定に関する基本方針の審議が開始され、翌三三年六月一四日その答申があつたこと、社会保障制度審議会(特別委員会)においては、拠出制年金のほかに無拠出制年金を永続的制度として設け、これによつて、大体において所得能力が低下し、生活が圧迫されるにいたつている老齢者の生活費を、扶養されていると否とにかかわらず、したがつて世帯を単位とする生活保護法による生活扶助とは別に、老齢者の専属的権利として終身完全に保障する、そして、無拠出制年金の対象となる老齢者は七〇才以上とする、ただし、その支給額については農村四級地区の最低生活費のおよそ半分である月一、〇〇〇円程度であつても、直ちに支給が開始される年金としては、わが国現在の財政事情にかんがみ、やむを得ないし、また、相当の所得のある者には少なくとも当面支給を差し控うべきであろうが、この無拠出制年金は将来あらゆる年金の中核となるものであるから、たとえ減税予定分の一部を差し繰つても踏み切らねばならぬものと認められたこと、ところが、その後、厚生省における法案準備の段階において、右社会保障制度審議会の答申にかかる無拠出制年金は、財政事情の強い要請によつて、経過的な制度としてのみ承認され、しかも配偶者や扶養義務者の所得による厳しい支給制限が付せられるものとなり、そして、それが国会の審議を経て現行の老齢福祉年金制度となつたことが認められ、他に以上の認定事実に反する証拠はない。

右立法の経過に徴するに、現行の老齢福祉年金は国家予算の都合上、経過的な制度(法七四条以下)として認められたものにすぎず、しかも社会保障制度審議会の答申案に比し、受給権者の範囲をいちじるしくせばめるものではあるが(法七九条の二第六項、六六条)、しかし、それにもかかわらず、拠出制老齢年金が全面的に実施されるまでの間、同老齢年金に加入することも認められず、放置しておくことができない老齢者(昭和三六年当時五五才以上であつた老齢者)のために国がその生活費の面倒をみるという老齢者に対する公的扶助的性格の強いものであることは否定することができない。

この点について、被告は、現行の老齢福祉年金は個人の貯蓄、社会情勢に即応する程度の扶養親族の扶養または公的扶助があることを前提として、老齢者の老後の所得の一助とすることによつて老齢者の日々の生活に潤いを与えようとするものである旨を主張するが、老齢福祉年金についてのかかる理解は、憲法二五条二項の理念ならびに後に述べる老齢者の生活の実態に照し、正当でないというべきである。

2  つぎに、老齢者の生活ならびに生活費の実態について

成立に争いのない甲第九号証(厚生省大臣官房統計調査部「昭和三五年高齢者調査報告」)によれば、六〇才以上の高齢者(以下単に「老齢者」という。)のうち、子供夫婦と同居している者が全体の65.7%、その他の子と同居している者が15.9%、その他の者と同居している者が6.4%であり、したがつて子供ら等と同居している高齢者は、高齢者全体の八八%にのぼること、および、高齢者数別にみた一人当り現金支出額は、昭和三五年当時において、高齢者のいない世帯において五、一〇一円であるのに対し、高齢者一人がいる世帯において三、八四二円、高齢者二人がいる世帯において三、五〇九円であることが認められる。

また、成立に争いのない甲第一一号証(厚生省大臣官房統計調査部「昭和三八年高齢者実態調査報告」)によれば、高齢者のうち生活能力のないものは七〇才〜七四才が68.4%、七五才〜七九才が76.0%、八〇才以上が80.8%であることが認められる。さらに、成立に争いのない甲第三号証(大蔵省算定の昭和四二年基準生計費)によれば、国民一人当りの基準生計費(標準五人世帯)は、昭和四二年において一二七、五五六円(月額一〇、六三〇円)であることが認められ、昭和四一年において一二一、四九九円(月額一〇、一二五円)、昭和四〇年において一一五、六〇三円(月額九、六三四円)であつて、この基準生計費(前掲甲第九号証および成立に争いのない甲第一六号証によれば、老齢者を含む世帯の世帯員数は概ね五、六人であるから、世帯員数を基準にしていえば、その基準生計費はほぼこれと一致するとみることができる。)と老齢福祉年金受給額とを比較してみると、昭和四〇年において前者が一一五、六〇三円(月額九、六三四円)、後者が一五、六〇〇円(月額一、三〇〇円)、昭和四一年において前者が一二一、四九五円(月額一〇、一二五円)、後者が一五、六〇〇円(月額一、三〇〇円)、昭和四二年において前者一二七、五五六円(月額一〇、六三〇円)、後者が一八、〇〇〇円(月額一、五〇〇円)であるから、これらの年度において、老齢福祉年金の基準生計費に対する割合は、それぞれ13.5%、12.8%、14.1%であることが認められる。

右の統計の結果に成立に争いのない甲第一二号証(東京都社会福祉審議会の社会福祉事業に関する答申)、証人小川政亮の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すれば、老齢福祉年金の受給者は、その大部分が老齢者本人に生活能力が極めて乏しく、低所得者階層である子供ら(法七九条の二第六項によつて準用される法六六条)の世帯の一員としてその扶養を受けることによつて世帯主である子供らの生活を強く圧迫し、そのため子供らに気兼ねをしてみじめな生活を送つていること、さらに、かかる生活上の圧迫が老齢者が一人である場合よりも夫婦そろつて二人である場合に一層深刻であることをも推認するにかたくない。

なお、子供らと別居し独立の世帯を営む老齢者についても、前掲甲第一六号証によれば、単身高齢者の生活費の平均が月八、一〇〇円であるのに対し、高齢者夫婦の一人当り生活費の平均がかえつてそれを上回る月八、三〇〇円であることが認められ、この統計結果は経験則に反し、なんらかの特別事情によるものと思われるが、しかもなお、老齢福祉年金の受給者である老齢者が夫婦そろつて二人である場合は単身である場合に比べ、低所得者階層である配偶者(法六九条の二第六項によつて準用される法六六条)の世帯員としてその扶養を受けることによつて配偶者の生活を圧迫していることは、子供らと同居しその世帯の一員となつている老齢者について前段において述べたと同様であることを窺い知ることができる。

3  さて、夫婦受給制限が合理的であるかどうかについて

以上のとおり、現行の老齢福祉年金は、経過的制度として、しかも所得による支給制限にふれない範囲の老齢者に対し農村四級地区における最低生活費の よそ半額(当初、月額一、〇〇〇円、四〇年、四一年において月額一、三〇〇円、昭和四二年において月額一、五〇〇円)を支給しようとするものであつて、法一条が掲げる憲法二五条二項の理念からみれば極めて不十分であるとはいえ、そのこと自体は、社会福祉の促進、公衆衛生、生活環境の改善等国民一般の生活の必須的な側面において施策すべきことの多いわが国の社会情勢と先進諸国に比し必ずしも潤沢とはいえない国家財政の事情とにかんがみ、やむをえないというべきであろうが、しかし、だからといつて、国家予算の都合から、老齢福祉年金の受給対象者が夫婦者であるか単身者であるかによつてその支給額を差別することまでも許されるというべきではない。けだし、前示のとおり、憲法一四条は、老齢福祉年金のような無拠出で国から支給される経済的利益についても平等であることを国民の基本的人権として保障し、差別すべき合理的な理由があると認められない限り、差別することを禁止していると解されるからである。

ところで、被告は、夫婦が健在であるとすれば、その共同生活に由来する共通部分について費用の節約がなされうることは公知の事実であり、生活費の一部に充当せらるべき老齢福祉年金についても同じことがいえるから、年金額を定める場合に、このことを加味するのは合理的である旨を主張し、夫婦の共同生活に由来する共通部分について費用の節約がなされうること自体は理論として当然のことであるが、しかし、他面、老齢者夫婦が共同生活する場合における生活費が単身である場合のそれに比し、はるかに嵩むことは経験則上だれもが知るところであつて、老齢者を抱えた低所得者階層の扶養義務者の生活を圧迫し、夫婦者の老齢者が単身の老齢者より一層みじめな生活を送つていることは前示のとおりであるから、かような老齢者の生活の実態にかんがみると、夫婦者の老齢者の場合に理論のうえで生活の共通部分について費用の節約が可能であるといいうるからといつて、支給額が上記のような最低生活費(農村四級地区の最低生活費)のほとんど半額にすぎず、前記老齢福祉年金制度の理想からすれば余りにも低額である現段階において、夫婦者の老齢者を単身の老齢者と差別し、夫婦者の老齢者に支給される老齢福祉年金のうち、さらに金三、〇〇〇円(月額二五〇円)の支給を停止するがごときは、国家財政の都合から、あえて老齢者の生活実態に目を蔽うものであるとのそしりを免れないというべく、到底、差別すべき合理的理由があるものとは認められない。したがつて、被告の右主張は採用できない。

三それゆえ、夫婦受給制限の規定は、差別すべき合理的理由が認められないのに夫婦者の老齢者を差別するものであつて、憲法一四条一項に違反し無効であるといわざるをえない。

第三したがつて、右規定を適用して北海道知事が昭和四〇年三月二五日原告に対してした支給停止決定もまた無効であると断ぜざるをえない。

そして、そうだとすると、原告は、前記同知事のした老齢福祉年金の受給権の裁定による全額につき、その受給権を有するものとなるところ、原告が昭和四〇年二月から同四二年四月まで右夫婦受給制限の規定に基づき老齢福祉年金の一部の支給を停止され、その額が金六、七五〇円であることは当事者間に争いがないから、被告は、原告に対し右金員を支払う義務があるといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は、原告のその余の主張について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(杉本良吉 中平健吉 岩井俊)

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